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松井修三の
思ったこと、感じたこと

空の旅で感じたこと

投稿日:2015年10月3日

(ブリティッシュ・エアウェイズのネットから)

今回の旅発ちは急だったので、やむを得ず成田発も含めて検討した。するとブリティッシュ・エアウェイズのビジネスクラスが簡単にゲットできた。

ところが、搭乗してシートの並び方を見てショックを受けた。

松井さんの表情もひどく戸惑っていた。


座席が、横並びに配置されているのではなく、ボックス型の席が互い違いに配置されていたからだ。飛行機の飛行方向に背中を向ける席がいくつもある。

互い違いの状態で着席すると、相対する人とは顔がものすごく近い。これは参ったなというのが最初の感想だった。しかし、そこは工夫されていて、間に半透明の衝立がボタンを押せば立ち上がるようになっていたのだか、新幹線ならともかく、飛行機の座席が飛行方向と反対なのは、すごいストレスになるのではなかろうか。

運悪く、松井さんの席がそうだった。私は、代わることを申し出た。

すると松井さんは笑いながら答えた。

「大丈夫です。この座席のアイディアは、飛行機会社が十分実験しての結果でしょう。いい体験になりますよ」と。

でも私は、強引に代わってもらった。血圧に影響すると思ったからだ。定刻どおり、機体はエンジンの回転を上げると滑走路を滑り出した。

窓から景色が見えている間は、あたかも車が猛烈な勢いでバックしているような錯覚がして一瞬軽い眩暈に襲われた。

しかし、景色が見えなくなってしまうと錯覚もすっかり消えて、水平飛行になると衝立が自動で立ち上がり、対面しているストレスも方向の違和感もなくなった。


ところが、すぐに思わぬ問題が起こった。

突然、ガラガラと衝立が下がり、顔立ちがしっかりした女性のキャビンアテンダントさんが、「ティー オア カフィー?」と問いかけてきたのだ。50センチも離れていないところには向かい合って座っている中年の外人男性の顔がある。

それからは食事が終わるまで、ガラガラが何度となく行われた。開けっ放しにしておいてもいいのだが、見知らぬ外人さんとの体面を我慢し続けなければならない。


キャビンアテンダントさんも大変だ。配膳をするには通路側の客の上に覆いかぶさるようにして、その狭い空間越しに行うことになる。もし受け取り損なったらと想像すると、胃が縮こまる思いがして緊張した。

配置のもう一つの問題は、席を立つには通路側の人が伸ばしている両足をまたがなければならない。足置きを倒して寝ている場合は、通路がふさがれてしまうからである。けつまずいてしまうことを想像すると、これまた緊張を強いられる。

エコノミー症候群を恐れる松井さんは、運動をするためによく席を立つ。最初は戸惑っていたが、その内、すっかり慣れたようでむしろそうした緊張を楽しんでいるかのように見えた。


それよりも問題は、エアコンの利き過ぎだった。

体の節々が痛みを感じるほどの冷え方だった。空席に置かれていた掛物ももらって2枚重ねしてなんとかしのいだ。


搭乗時間も残すところ2時間を切ったころ、ますます寒くて手足の先端が痛くて仕方なくなり、これでは到着前に風邪をひいてしまいそうだと心配になった。

もう二度と、この飛行機には乗るまいと思っていると、松井さんが「ここを読んでみて」と読みかけの本を差し出した。

デイヴィッド・ロックフェラーが書いた「ロックフェラー回顧録」(新潮社)である。

「チェース(チェース・マンハッタン銀行)で過ごした35年間に、わたくしは103か国を訪問した。それには、フランス旅行が41回、イギリスが37回、西ドイツが24回、日本が15回、エジプトとブラジルが14回ずつ、サハラ砂漠以南アフリカ諸国の大旅行3回がふくまれる。本国では、わたくしは顧客を訪ねて、54州中42州をまわった。わたくしは500万航空マイル(世界一周旅行200回分に相当する)を貯め、およそ1万回のビジネス・ランチを取り・・・」。


そのとき、衝立が下がり、注文していた野菜カレーが差し出された。

適度な辛さと旨み、そして香辛料の香りが体を温め、寒さと疲れを忘れさせてくれた。

すると、ロックフェラーという人の行動力と忍耐力が、とてつもなく大きいものであったことの一端が分かったような気がした。

そして、座席の配置の不都合さ、寒さに対する不満が和らぐとともに、ヒースロー空港でのバルセロナへの乗り継ぎが楽しみにさえ思えるようになった。

                      久保田紀子

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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