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涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

明日はきっと良くなる!

投稿日:2015年5月24日

司馬遼太郎の「功名が辻」(文春文庫)を読み終わった。

気に入ったところを抜粋してみた。

私は、感じたところに付箋を打っておき、読み終わった後でそこだけをもう一度読み返してみることにしている。


●千代(山内一豊の妻)が、母から教えられたという言葉。

「妻が陽気でなければ、夫は十分な働きはできませぬ。夫に叱言(こごと)をいうときでも、陰気な口から言えば、夫はもう心が萎え、男としての気おいこみをうしないます。

同じ叱言でも陽気な心でいえば、夫の心がかえって鼓舞されるものです。陽気になる秘訣は、明日はきっと良くなる、と思いこんで暮らすことです」。


●とにかく、家計のやりくりというのは、けちの精神でやっては一家がしみったれてくるし、ソロバン勘定だけでやると家のふんいきが殺風景になってくる。やりくりは、工芸的な感覚でやるべきであろう。

千代には、天性それがあった。


●先陣というのは損害が大きい。大将みずからの討死もめずらしくない。

が、家康はそれを望んだ。この人物は決して血気にはやるというたちではなかったが、利をつねに遠くへ置いていた。大利を遠くへおき、眼の前の不利を考えない。そういう思考方法の男である。


●一豊が高知城を築く最中の千代との会話。

「俺は年をとったのかな」

「お見かけはそうではございませぬが、そのようにいいお気持で溜息などをおつきあそばすと、お年相応のお顔やお声になります。(中略)

お城も、ふけたお心でおつくりあそばすとふけて陰気な、ちぢかんだようなお城ができると思います」。


まったくそのとおりだ。家づくりは、城づくりと同じである。とにかく陽気で安全が何よりだ。

「涼温な家」に住む人は、きっと幸せになると信じてがんばろう。

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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