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涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

家の力

投稿日:2013年12月4日

今日、8月9日にお引き渡しをしたK・H邸を訪問した。

自由が丘は、都内でも人気の高い住宅街なのでおしゃれな家が多いが、K・H邸は外断熱/マツミの家の特徴であるしっかりした感じでひときわ目を惹いていた。

呼び鈴を押すと、玄関ドアが開いてHさんが出てこられた。

お顔を拝見して驚いた。

少しふっくらとされ、頬には赤みがさしてとてもお元気そうなのである。

私は、思わず「Hさん、お綺麗になられましたね」と思ったままを口にしていた。

Hさんは、長いこと体調不良に悩まされ、2年前には手術もされている。着工する頃には、喘息が悪化し苦しまれていた。地鎮祭や上棟のときなどは、痛々しいほどの弱りようだった。


今年の夏に引越しをされたのだが、荷物の整理に無我夢中で涼しさを堪能するゆとりがなかったそうだ。話しながら夏の暮らしを思い出され、「つまり、快適だったということね」と笑われた。その笑顔が、羨ましいほど若々しく美しかった。

「本当におきれいになられて・・・」と、思わず再度感嘆して言った。

「5年ぶりに、お化粧したのよ。この家に住むようになって、日に日に元気を回復して、なんでも積極的に動きたくなったのよ」とHさんはおどけて見せた。

九品仏の商店街が好きで、歩いて買い物に行くそうだ。

帰り道はずっと上り坂になるので、以前は途中で何回も休まないと歩けなかったのに、最近では1回も休まずに帰って来られるようになったと嬉しそうだった。

喘息の薬は飲んではいるが、「涼温換気の家」で暮らしてからは一度も発作が起きないと話を続けられた。


「以前の家では、寒くて2階は使えなかったのよ。それに2階に上るだけの体力もなかったの。1階だけで生活し、3か所のエアコンのうち1台を24時間つけっぱなしておいて、夜は寝室でデロンギの暖房と石油ストーブを利用していたの。

寝る前にそれだけ暖房していても、朝ベッドから起き上がるのは苦痛なほど部屋は冷え切ってしまうの。鼻先が冷たくなって、掛布団をそろりそろりとはがして、石油ストーブをつけて洋服を暖めてからでないと着替えられなかったのよ。

お風呂場が寒くて、一大決心をしてから服を脱いで、浴槽に飛び込むように入って、長い間身を浸して十分温まって出てくるの。だけど、寝る前にちょっと何かしているとすぐに湯冷めしてしまい、寒さに震えていたのです。


涼温換気の家はね、温かいんじゃないのよ。そのような寒さがどこにもない家なの。いつ、どこにいて、何をしていても寒くないのよ。これって本当に素晴らしいわ。

毎日、ベッドから起きると主人と「寒くないね」、テレビを見ながら「寒くないね」、食事をしながら「寒くないね」、お風呂から出て「寒くないね」と確認し合い微笑を交わすのよ。

エアコンの風に悩まされることなく、寒くない、寒さを感じないことがこんなにも嬉しくて、楽しいなんて。


今は、鼻先が冷たくなることもない。布団をかばっとはねのけて起きることができる。着替える洋服も冷たくなんかない。湯冷めもしなくなった。セーターも着なくなって、薄手の綿製品で平気でいられる。光熱費が3分の1ぐらいに少なくなった。本当に思い切って建て替えてよかったわ」。


私は、自由が丘でチェロを習っている。時間が迫ってきたので失礼することにした。

Hさんは「チェロなんて素敵ね。私も、何か習い事を始めてみようかしら」と言われた。

表情は生き生きとして、まるで以前とは別人のように快活になられたHさんを見て、私は「涼温換気の家の力」のすごさに感動するとともに同感を覚えた。

                      久保田紀子

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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