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松井修三の
思ったこと、感じたこと

出雲大社のおみくじ

投稿日:2013年10月19日

恥ずかしながら私は、これまでに幾度となく神様に手を合わせたにもかかわらず、一度も出雲大社に参拝したことがなかった。

一週間ほど前に思い立って、足立美術館を巡る1泊2日の旅行をすることにした。行程はすべて久保田さんに任せて、いつもながら急に出発した。あわただしさに、女房は愛犬を預ける時間もないと出発前に愚痴っていた。


空港から、レンタカーで出雲大社をめがけて走った。街道では、一条工務店、タマホーム、アイフルホームに交じって地元のメーカーが単独の住宅展示場展開をしており、それらを見るたびに気分は仕事モードに戻ってしまう。

しばらく走ると、素朴の一言に尽きるのどかな田園風景となって一安心した。一番恐れたことは、大社の近辺が開発にさらされている光景である。

ご当地名物が思いつかない都道府県ランキング1位が島根県だそうだと、運転手の久保田さんが観光案内をしてくれた。その一言で、私は島根県に好感を持った。

後は、駐車場の混み具合である。これが意外と空いていて、いい場所に駐車できた。ついている旅だと、今回も思った。


車から降りて深呼吸をした。

「ああ、いい空気だ!実にすがすがしい」

私は空気にこだわった商売をしているので、その瞬間に出雲の空気との相性の良さに感動したのである。


いよいよ、待望の神楽殿の前に立った。

今回奉納された注連縄(しめなわ)は、長さ13.5メートル、太さは最大8メートル、重さ4.4トンとのこと。その巨大さはもとよりだが、それを作った人たちの労と、取り付けたご苦労とに素直に頭が下がった。

年配男性の観光案内人が、高校生の集団に説明していた。

「皆さん、しめ縄が逆に張られていることに注目してください。これは外から中に霊が入らないためではなく、社の中にいる霊が外に出ないようにしているからです。つまり、出雲大社は、天照大神(あまてらすおおみかみ)に敗れた大国主命(おおくにぬしのみこと)の霊を閉じ込めてある社だからなのです」と、案内人は一段と声を張り上げて説明した。

目の当たりにすると、そんなことはどうでもよくなる。

このようなストーリーを現実化する儀式を祭り上げた天才に、大いに敬意を払いたくなった。


私は、写真に人物を収めるのは好きでないのだが、女房に八足門前の3つの輪の中心に立つよう指示した。彼女は、長野県戸隠の生まれであり、戸隠神社の奥社にはともに数回登ったことがある。

「天照大神」が隠れた「天岩戸」を「天手力雄命(あめのたじからおのみこと)」がこじ開けて放り投げてできたのが戸隠山とされている。奥社にはその天手力雄命が祀られているとされている。

彼女は、出雲大社とは遠いどこかで結ばれているのかもしれない。そんな気がして、そこに立たせてみたくなったのだ。


「松月」というまたまた縁のある名前の宿で落ち着いてから、久保田さんから質問された。

「松井さん、なつ子さんを撮影したあの3つの輪の理由をご存知だったのですか?」

「いや、知らないです。なんとなく、なつ子さんをあそこに立たせたくて」

「あの輪には、大変な謂れがあるようです」と言って持参した本を開き、読んで聞かせてくれた。


<古代出雲大社 発掘調査でわかった真実

高さ48mの御本殿を、3本束ねひと組の9本が支える。

発見された巨大な柱が裏づけた、出雲大社御本殿のかつての姿は、人々に驚きを与えるものだった。2000(平成12)年、出雲大社の境内から巨大な柱が発掘された。杉の木3本が束ねられた、直径1丈(約3m)ほどの巨大柱で、その構造は出雲大社宮司千家に伝わる御本殿の建築平面図『金輪御造営差図』に類似する。これらが出雲大社御本殿を支えていたとされる柱である。>完全保存版 雑誌 [CARTA] 2012年新春号より


古(いにしえ)の建築家の壮大な知恵と、実践力のすごさに興奮を覚えた。私は酒の飲めない体質なのに、「地元の吟醸酒3種味比べ」を特注し、グラス3杯を飲み干して、出雲大社に参拝できたことに感謝した。

実は、ひそかにおみくじを引いていたのだ。

そこにはこう書かれていた。

「運勢  本年は、運気開発のときに当たり、多少の辛苦はあるものの末は吉となる。和議は財を生じ、争いは貧乏の種と心得て、従順温和にして奮励すれば幸縁に結ばれる。信心を怠るな」。


実にいいおみくじを頂戴した。いい言葉だ。

「従順温和」だけでは「好々爺」になってしまいそうだ。その後の「奮励すれば幸縁に結ばれる」となれば、これからも大いにがんばりたい。

創業以来このかた、お客様とは「幸縁」の連続であることに、私は深く感謝を申し上げた。


夜中に、皆生(かいけ)温泉の露天風呂に入った。眼下に美保湾が広がり、島原半島には灯台の灯りが点滅していた。

しばらく眺めていると、想像は、日本海をはるか遠くに飛んでいき、一度は行ってみたいロシアへと展開していった。そして、思い出した。

1783年、伊勢の白子港を出港、台風に遭遇し難破、半年以上漂流しアリューシャン列島のアムチトカ島に漂着。その後数年をかけてロシア大陸を横断して、サンクトペテルブルグにてエカテリーナ2世と面会したという大黒屋光太夫を。

出雲大社とおおよそ結びつかない話に、ひとり大笑いしながら、長寿の湯をじっくりと楽しんだ。

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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