第3回 ユニバーサルデザイン
ユニバーサルデザインということが注目されている。
アメリカのロナルド・メイスによって提唱されたことだが、分かりやすく言えば、年齢、性別を問わず、生活環境でも日用品でもイライラすることなく気持ちよく使えるようにしようということである。
さて、毎日の生活を振り返ってみよう。
CDを買った。
車の中で一時も早く聞きたい。しかし、ラッピングが取れない。どこから剥ぐのかが分かりづらいのだ。先だって5枚ほどまとめ買いをした。店員さんに、ラッピングを全部とってくれるように頼んだ。それが見ていると気の毒になるほど時間がかかる。レジには次の客が並んでいる。
「もうそれだけでけっこうです」
私は、店員が3枚目を手にした時に、気兼ねして小声で言ったのだった。 弁当を買ってくる。
お腹はぺこぺこ、一時も早く口に入れたい。だが、ラッピングが取れない。むしり取ってしまおうとすると、頑強に抵抗する。優しく剥いでみようとするのだか、どこから剥いだらよいのかが分かりづらい。
ようやく弁当にありつける。奮発して買ってきたおかずなのだが、プラスチックの容器のふたが開けづらい。 建前におでんが出た。
辛子が小さなビニールの袋に入っている。
それを開けようとするのだが、どうしても切口が見つからない。しばらく苦戦していると、隣に座っていたトビの親方が
「不器用だなー、わっしが開けましょう」と言ってくれた。
親方の指は、太くてたくましい。小さな袋はさらに小さくなって、親方の両手の親指と人差し指の各2本ずつに挟まれてちぎられようとしている。
だが、周囲の人がじーっと注目し始めてもちぎれないのだ。
親方はあせり始めた。
「うーん、なんだこりゃあー」
どれどれ、と世話好きが乗り出してくる。
左官屋が言った。
「これは切口を付け忘れているよ。これじゃー無理だ」
監督がカッターナイフを持って登場して、辛子はようやくおでんの脇に添えられた。
それらのことを食事しながら女房に嘆いてみた。
するとすかさず彼女は言った。
「年なのですよ。みんな年取るとそういうものが開けづらくなるのですよ」
なんと残酷な宣告をするのだろうか。
年は関係ないのだ。
要は、ユニバーサルデザインの精神を無視しているものが多すぎるということなのだ。
私は、心の中でそう叫んでいた。
2003年3月22日
松井 修三
|