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第11回 44年後の家づくり

 

 S邸を約束どおりに1月25日にお引渡しした。
その半年ほど前、Sさんが仮住まいに引っ越された日のことだった。

 「社長、ご存知でしたか?
Sさんの奥様が、心臓にペースメーカーを入れていらっしゃることを!」
担当の設計士が、興奮気味に話を続けた。
「Sさんご夫妻は、共に大正の生まれだそうです。ご主人が10年で、奥さまは12年とのことです。
すごいことですねー。社長の本を読んで、どうしても建て替えたくなったと話してくださいました」

 その話を聞いてから、私は体感ハウスへ向かった。新規のお客様を待つ間、書斎コーナーに置かれたロッキングチェアーに座って目を閉じた。Sさんご夫妻が、体感ハウスで開かれている勉強会に参加された日の印象が思い出されてきた。
息子さんと一緒だったのだが寡黙な人たちで、帰り際に遠慮気味に「一度、家を見にきていただけますか?」と言われて帰っていかれた。

 80才ぐらいにもなってから、自分たちの意思で、主導権をしっかりと発揮して家を建て替えるというお客様は珍しい。大概は、息子や娘が主導する。親は最初から「老後の面倒をみてもらう」という負い目があるせいか、おとなしくなっている。            
18年ほど前に、77才と75才のご夫婦の家を建て替えたことがあった。小金井の傾斜地に、地下室つきの2階建てであった。
「大手ハウスメーカーに依頼したら、3社とも私たちの年齢を聞くと腰が引けて来なくなりました」と笑われていた。そして、
「工事の途中で万一のことがあっても、ご迷惑をおかけしないようにしておきますからご安心ください」と、付け加えられた。
結婚した息子が二人いるのだが同居は求めないで、夫婦二人でこれからの人生を新居で楽しみたいのだと、実に家づくりの意思が明確であった。
地下室は、ご主人の工作室として造られた。

 昨年、80才からの家づくりを実現された方がもう一人いた。立川市に住むYさんだ。
Sさんと出会う1年ほど前に、Yさんご夫妻が勉強会に参加された。
約2時間、Sさんもそうだったが真剣に私の話に耳を傾けられていた。ご契約の時にYさんがこんなことを話された。
「私は、づーっと思い続けてきたことがあるのですよ。それは、80才になったら家を建て替えようということです。幸い、息子夫婦が同居してくれるというので願ってもないことになりました。
ですが、わたくしが一番ありがたく思っていることは、80才になるまで待ったことで、松井さんの本と出会えたことです」
傍らで、奥様が微笑みながら大きくうなづかれた。
契約には、息子さんが立ち会われたのだが、終始にこやかにして脇役に徹していた。

 偶然とはいえ80才になってからの家づくりが連続して、私はいろいろと考えさせられた。
80才になっても、自分にはそれだけの自信と勇気を持ち続けていられるのだろうかと自問してみた。
私は、Yさんの話を聞いた時に、生まれてはじめてその年代を具象化できた。そして、正直に言えば怖くなった。その年代が、自分に予定されているかどうか定かではないからだ。
しかし、Yさんご夫妻には、不安もなければ力みも見当たらなかった。淡々として、完成を楽しみにしていた。
それから半年後に、Sさんと契約したのだが、Sさんご夫妻も同様であった。二組の80才夫婦の肝っ玉の太さに感嘆しながら、私は自分が書いた本が発揮する影響力の大きさに、身が引き締まる思いがしていた。

現場監督は、両邸ともに篠田という20代で3才の子供を育てている男が担当した。気働きがよくて、動きもいい。
「頼むよ」と声を掛けたら、
「はい、自分の親だと思っています」と、目を輝かせていた。
篠田は、その後もこまめに両家を訪問し続けていて、帰ってくるたびにうれしそうに報告してくれる。
「住み心地がいいと大変満足されていますよ」

 玄関のチャイムが鳴った。
土地を買ったばかりだという30代半ばの若夫婦が入ってきた。
私は一通り案内を済ませてから、言った。
「80才になってから、建て替えなくて済む家を建てたいものですね」と。
「えっ?44年後ですか・・・」
 夫婦は、顔を見合わせて笑い合った。
「そうですよ。あなた方の年齢で家を建てる場合、30年程度しか持たない家を手に入れると、どうなるのかを想像しておくことはとても大事なことです」
私は、自分にもそう言い聞かせていた。

                  

2004年2月28日
松井 修三


 

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