外断熱・ハイブリッド・エコ住宅/空気がきれい! SA-SHEの家/マツミハウジング

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第13回 33才での地鎮祭



「お客様から土地が決定したのでプランニングに入って欲しい、というお電話をいただきました」
担当の設計士さんから報告を受けたのは、たしか2ヶ月ほど前だったろうか。
「ご希望条件を叶えると容積率が一杯となり、そうなるとご予算が足りなくなるという具合で悩んでいます」そんな中間報告があってから、10日ぐらい後に、契約となった。
東京の世田谷区瀬田というところで、カネカの子会社であるAホームズが出展している住宅展示場からすぐ近くである。
残暑が厳しい9月18日の午前11時に、地鎮祭は無事終わった。
「ふひゃーあ!」
私からしたら娘のように見える奥さんが、ほっとした笑顔で声を上げた。その滑稽さにつられて私は質問した。
「ところでおいくつですか?」
  「私が33で、彼女が31です」ジーパンにカラーシャツというラフな格好のご主人が気さくに答えてくれた。
「エエッ!ということは、お二人の年を足しても私よりも1才若い!」
傍らにいた神主さんをはじめ、設計士、現場監督さんたちが一様に、
「ほおーっ!」と声を上げていた。
設計士さんから聞いた話では、土地の購入と建築費は、二人の貯金とローンで賄うとのことだった。

33才。その年齢には忘れがたい思い出がある。
私が、マツミハウジングを創業した年だからだ。資金も土地も、事務所も無く、もちろんお客さんもいなかった。
あったのは、「住まいとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願えるものでなければ、家造りに携わってはならない」という信条と、父が贈ってくれた「約軽しといえども、これ軽んずべからず」という座右銘であった。
いや、それ以上に妻と4人の男の子たちというありがたい家族があった。
その3番目が入社して専務となり、すぐ隣でお客様と談笑していた。ほぼ同年齢で、お互いに技術者として感じ合えるものがあるようだった。

お神酒で乾杯する時に、私はこんな挨拶をした。
「ハウスメーカーや工務店など、たくさんある中からマツミハウジングを選んでいただいたことを心からうれしく思っています。
3年後、10年後、20年後にもマツミに頼んでよかったと思っていただけるように、精一杯「いい家」を造らせていただきます」と。
地鎮祭では、いつも同じようなことを言うのだが、その日は特に胸に突き上げてくる熱いものを感じて、言葉がつかえそうになってしまった。

奥さんがこんな話をしてくれた。
「同じソーラーサーキットの家を、もっと安くできますよとか、松井さんの本には誤りがあるとか、他社からいろいろと囁かれました。
でも、そのような言葉に惑わされないで地鎮祭ができたのは、〔「いい家」が欲しい。〕と〔さらに「いい家」を求めて〕の二冊の本が与えてくれた感動を信じたからです」と。
そして、
「わたくしたちは、どうしてもマツミさんに我が家を造って欲しかったので、予算に見合う範囲内の土地を探すのにとっても苦労しました。でも、これでホッとしました。これからよろしくお願いします」
若いご夫妻は、さわやかな笑顔でそう言い残して立ち去っていった。
そのような言葉ほど、造り手に元気と勇気を与えてくれ、信念をかき立ててくれるものはない。
「かならず、ご期待にお応えします!」
私の声と、社員のおじぎに一段と力がこもった。
                                       

2004年9月19日
松井 修三


 

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