第23回
自足できる家
私が思うに「いい家」とは「自足できる家」のことである。
「自足できる家」とは、死ぬ三日前まで自分で用を足すことに役立つように造られている家のことである。
「用を足す」という言葉は、言い得て妙である。健康を損なったときでも大便、小便は、人に頼らず自分の足を使ってやりなさいといっているのだから。
では、そのためにはどうしたらよいのか?
一番の答えは、ベッドからトイレまでの距離を短くすることだ。
理想の距離は、歩幅約30センチで5歩以内である。歩くことがつらくなったらその分だけベッドをトイレに近づける。電動ベッドで身体を起こし、手すりにつかまって便座に身体を移す。立つ、座る、ずらすという動作だけで用が足せるから人手を煩わさなくて済む。
私が実際に見た中で一番近かったのは、ベルギーの首都ブリュセルに1901年に完成したオルタ邸である。ベッドから降り立てば、そこに便器が備えられている。
建築家であったヴィクトル・オルタは、アールヌーヴォーの中心的存在として活躍した人だ。足腰に問題があったわけではないのにオルタは、ベッドの頭の直ぐそばに小便用のトイレを用意した。隣室に通じるように見えるドアを開くと便器が横向きに収納されていて、それを縦向きにすると用が足せるようになっている。驚いたことに水洗であった。
私はオルタを、美しく見事な建築様式を創出した人というだけでなく、もっとも早くに男子用の水洗トイレをベッドに近づけた建築家としても尊敬している。当時としては実に画期的な発想であったと思う。
さて、記憶の中で一番遠いトイレは、イギリスはシェークスピアの奥さんの実家であるアン・ハサウェーの家だ。それは小屋裏の寝室の窓から見ることができた。裏庭の一角にあって、たぶんベッドから150歩を必要とする。私が訪れたのは9月だったが、土間には観光客のためにすでにクレダ暖房機がつけられていたのだから、真冬の寒さが想像できた。
ベッドから抜け出して靴を履き、足音を忍ばせながら階段を下りていく。外に出ると刺すような寒さが張りつめている。月明かりを頼りにトイレへと向かう。中は真っ暗だ。
そう思うと、トイレには行きたくなくなってしまう。私ならきっと朝まで我慢して、うとうとしながら漏らしてしまう夢を何回も見ることだろう。
ところで、オルタの家は窓が広く、階段ホールが吹き抜けで、その天井はステンドガラスを施した大きな天窓だったので暖房を止めてしまうとすごく冷えたようだ。だからオルタの工夫は、必然の産物であったのだろう。
古今東西に共通して人は年とともにトイレが近くなるのだから、冷える家ではその傾向が強まるばかりである。夜中に寒いトイレに行くのはつくづく嫌なものだ。
ソーラーサーキットの家に住むなら、その億劫さから開放される。何よりも夜中にトイレに行く回数が減ることがありがたい。でもゼロにはできない人のために提案したい。トイレをベッドの近くに設けることを。
日本の便器は世界に自慢できるシャワー機能を付加できる上に、最近のものは排水音も静かである。ソーラーサーキットの家では、24時間換気システムがにおいと湿気をきれいに除去してくれる。そこでトイレが寝室の中にあるという心理的な抵抗を取り除き、健康のための必需コーナーとして考えたらどうだろう。
それがベッドから5歩以内の距離にあるならば、小便は半分眠っていてもできるし、ベッドインすればすぐに元の眠りへと戻れるであろう。
さらにそうしたことが、いずれ「死ぬ三日前まで、自分の力だけで用を足す!」ことに役立つとなれば、本人だけではなく家族にとっても安心できる喜びの住まいとなることは間違いないと思う。
2005年10月31日
松井 修三
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