第25回
大工さんたちとの忘年会
毎年、仕事納めの29日には大工さんたちと忘年会を開いている。
その席で、その年各棟梁(親方)のもとに弟子入りした新人が紹介されることになっている。今年は5人が紹介され抱負を語った。
大ベテランの真柄棟梁のもとには二人。
Oさんは「早く屋根の上を歩けるようになりたい」と言った。
既にかなりお酒が入っていたせいか聞き違えたものがいた。
「おーい、屋根の上を走りたいというのか?」
「いえ、怖がらずに歩けるようになりたいのです」
「そうだよなー。最初はだれでも怖かったさ」
「いつまでも怖さを忘れるなよ」
すかさず、そんな励ましの声がかかった。
もう一人のMさんは、5年弟子の阿部さんを引き合いに出した。
「一日も早く阿部さんに追いつきたいです」
「何年で?」
「えー、3年ぐらいの内には・・・」
「目標が低いぞ」
「いや、3年で阿部ちゃんに追いついたらたいしたものだよ」
次は、小原棟梁のもとに入ったTさんが紹介された。
「小さい頃から大工になりたかったです。やっと夢が叶いました。ずーっと続けて生きたいです」
「いまいくつ?」
「17才です」
「いい面構えをしているぞ」
「がんばれよ!」
大きな拍手が沸いた。
林棟梁のところにはTさんが弟子入りした。
「妻の親父さんが大工だったので、いろいろの仕事をしましたが自分も大工になろうと決心しました。棟梁が親切に教えてくれるのでありがたいです」
実直、その言葉を全身で表しているような人だ。
伊東棟梁のところには21才のTさんが入った。
「大工さんは子供の頃からのあこがれでしたから、高校を出て直ぐに入ればよかったのにと後悔しています。新年の目標は一日も休まないことです」
「それは立派だ。でもあまり力むなよ」
先輩から思わずそう声がかかったほどにエネルギーがはじけそうな感じがする若者である。
司会していた専務が言った。
「来年の今夜、いま紹介した5人のお弟子さんが、全員笑顔で参加しているように願っています」と。
それは、親方さんたちだれもの一番の願いである。
マツミの至宝である遠藤棟梁のもとに私が今年預けた17才の若者の姿がなかった。棟梁は寂しげだった。棟梁にとってつらいのは、弟子が一人前にならないうちにやめてしまうことだ。仕込むということは我慢の連続であろう。
一人前になる姿を思い描くから耐えていられる。2年目、3年目ともなればそれなりに役立ちはするが、1年も経たないうちにやめられてしまうと我慢したという徒労感だけが残される。
そんなときには、私は現場で棟梁とお茶を飲み交わしつつ嘆きの聞き役になることにしている。
ある大工さんが自ら手を挙げながら言った。
「今年、社長に雷を落とされたのはだれとだれ?」
すかさず3人の手が挙がり、その一人が言った。
「社長に叱られるとこわいよなー。だけど自分が悪いということがよく分るから、すっきりしますよ」
その言葉を引き継いで6年目の大工さんが言った。
「私は、現場に入って3日目にすごい雷を落とされたんですが、いつも思うのは、こうして大工を続けているのはあの雷のおかげで目が覚めたからだと」
「私もそうです。社長に叱られてから自分の方向がしっかりと定まりました。
絶対にいい大工になろうと」
そう言ったのは、伊東棟梁であった。伊東さんは15年前に西東京にある工業高校を卒業して入社した。当時の茶髪はまだ珍しく、私は内心採用をためらったことは事実であった。しかし、彼の目の輝きに惹かれるものを感じた。
今では弟子を4人持つ親方になったのだから、採用を決断したことを神様に感謝している。
今年もみんな、事故やけがもしないで本当に良く働いてくれた。
現場監督たちは、既築の家のシロアリ対策であるターミメッシュの工事と、クレダ暖房機の耐震補強工事に取り組まなければならなかったので、その分大工さんたちに負担がかかったはずだ。
しかし、不平も不満も言わず、住む人の幸せを心から願いながら仕事をしてくれた。私の評価の基準はその願いの度合いなのだが、みんなに最高点を上げたい気持ちで一杯だった。
「いい大工さんたちに恵まれている!」
そう心から思った。
2005年12月31日
松井 修三
|