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第29回 夫婦別寝



 あるお客様の家が完成し、お引渡しが終わった。
一通り家の中を見歩いた後に「満足していますよ」そう言われたご主人の言葉の響きで、一年前に交わしたやりとりを思い出させられた。

ご主人からプランの作成を依頼する前に、私と直接話をしたいという申し出を受けた。
当日は奥さんは風邪を引いたとのことで、58才のご主人が一人で来られた。
テーブルにつくと言いにくそうにして、口を開かれた。
「勉強会で松井さんは、夫婦別寝を勧めているそうですね。
女房は、すっかりその気になってしまっています。
 しかし我々夫婦は、結婚して以来32年間いつも同じ部屋で寝てきました。
ここで建替えるのに、いまさら別寝もないだろうと言っているのですが、いかがなものでしようか?」
「ご主人は反対なのですね」
「いやいや、私はそのような提案をされては困るのですよ」
「はあ・・・」
「私もそう思っているのですが、別々の部屋で寝るようになったら夫婦関係はお終いと言っている人がほとんどだと思います。
いびきが嫌で別々に寝た方がいいと言う人がいるようですが、それはおかしなことです。夫婦というものはそれに慣れて、いびきが子守唄のように聞こえてきて本物だと思います。
我々夫婦は、32年掛けてようやっと本物になったのですから、その関係に水をさすようなプランの提案をされたのでは困るのですよ」
ご主人がとつとつと静かに話されるので反論がしにくかった。
「ところで、松井さんは別寝しているそうですが・・・」
「ええ、もう10年以上になりますね」
「それで夫婦関係はおかしくなりませんか?」
「ええ。実際に試してみますと畳の上で寝ていたのを、建て替えを機会にベッドにしたという程度のことですよ。
やってみるといいこと尽くしでした」
「それは、つまり・・・松井さんは夫婦生活にお疲れになっていた・・・」
「いや、それは理由ではありませんでしたよ」
私は男性意識に刺激を受けたようで少々力んで続けた。
「お互いに仕事をしていますし、寝るのと起きる時間が一致しませんし、当時は寒くて暑い家に住んでましたから夜中に何回も目を覚まします。
別寝を考えたのは、そのたびに相手に気を使うことに疲れたことが一番の理由でした」
「それで、奥さんは不満を言いませんか?」
「だいたいどこの奥さんも不満を言わないようです。いや、むしろ望んでいるようです。本音で言えば、いびきを聞かなくて済むし、変な時間に起こされなくて済むし、熟睡できるようになるでしょうからうれしいのかもしれません」
あなたの奥さんもきっと喜ぶと思いますよ、言葉の響きがそう語ってしまっていた。
「それで部屋の広さはどのように?」
「女房の部屋が10帖で、私の部屋は6帖です」
「奥さんの部屋はずいぶん贅沢ですねー」
「隣の三男の部屋が結婚を機に空きましたから、私がベッドと共にサッと引っ越してしまいました」
「サッとですか・・・」
「そうでした。話し合ったりしているとわだかまりができるような気もしましたから。それで、女房の部屋が寂しくならないように、マッサージ機を購入して置きました。疲れたときにそれに乗って、女房のおかげで気持ちがいいようにしています」
「なんだか分かったような、分からない話ですね」
「要するに、一緒に寝て我慢し合うことが愛情ではないと、私は思ったということです」
そう言ってしまってから後悔した。
そんなことをお客様に力んで言うべきではないと思ったからだ。
「我慢とは、ちょっと違うんですなー」
ご主人はもどかしいというような表情を浮かべた。
「一度ぜひ横浜体感ハウスへお越しください。夫婦別寝を体験できますから。暖かい家は夫婦別寝をしても、寒い家よりはもっと夫婦間の距離を縮めてくれるものですよ」
私は言い過ぎたことを自覚して自己嫌悪を感じた。そして、その瞬間にお客様との縁が切れたと思った。
しかし、その後プランは変更になり今日無事「いい家」にたどり着けた。 
ご夫婦は、二階の寝室で一緒に寝ることになっている。

2006年2月17日
松井 修三


 

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