第32回
弟子を育てる
松井さんがある現場で、親方に向かって「あとどれぐらいしたら彼は一人前になれますか?」と尋ねた。すると親方は弟子をちらりと見て、「おっ放せれるのは、あと3年かな」と答えた。
「おっ放せる」という言葉に、私は「野に放たれて勢いよく駆け出す馬」をイメージして妙に感動してしまった。技術も精神も体も完全に一人前に成長して、力強く駆け出す馬・・・。
彼はどんなことにもへこたれないであろう。自分が好きで選んだ道を行くのだから。
松井さんは、かってその弟子に聞いたことがあった。
この仕事は好きか、と。弟子は目を輝かせながら「はい、好きです。毎日、楽しいです」と言い切った。
「そうか。好きこそものの上手なれ、それが一人前になる一番の道だ」
松井さんは、深くうなずいていた。
なんて幸せなことだろう。若くしてそう言い切れる仕事に就き、さらに自分を育てようとする人に巡り会えるということは。
親の元を離れ、社会に出たときに、早くして真剣に愛情をもって成長を願ってくれる人に出会える人はラッキーだ。
子を持つ親の身として、私はつくづくそう思う。
マツミの家造りを見ていていつも感心させられるのは、大工さん、職人さんたちに弟子を育てようとする強い心構えがあることだ。
「自分の子供か、他人を一人以上育てて欲しい」という松井さんの願いに現場が真剣に応えようとしている。
そういう現場の空気が、私は好きでたまらない。
そこには、「住まいとは、幸せの器である。住む人の幸せを心から願えるものでなければ住まいづくりに携わってはならない」というマツミの信条が張り詰めているからだ。
2006年5月1日
久保田 紀子
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