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第36回
一生ものの贅沢
大島紬は、完成までに三ヶ月から一年近くかかる。その間約三十工程の手作業を必要とするが、特に、この紬の評価で重視されるのは織りの良し悪しである。
「糸は、その日の湿度や温度で微妙に伸び縮みします。だから、天気と糸の具合を考え合わせて糸の張りを調整し、加減しながら織るんです」と、ベテランの職人さんに聞いたことがある。
大島紬の肌に添うような着心地は、糸の具合を思いやる、織り手の繊細な心配りから生まれるのではないだろうか。
この文章は、高森寛子著「美しい日本の道具たち」(晶文社)からの引用。
職業柄、このような話に接すると、すぐに家づくりに当てはめてしまう。
「糸の具合を思いやる、織り手の繊細な心配り」と同じものが家づくりにあるのだろうか?
最近の家造りは、ますます「安く、早く、簡単に」を競い合っている。家の形をした箱作りに心配りは不要である。
「結城紬」という項が続く。
結城三代というそうである。祖母、母、娘または祖父、父、息子と三代は着られるということだが、私の友人の場合は、曾祖父、祖父、父、娘と四代続けて一枚の藍の結城を着ている。三代にわたる男性方は、着物として愛用したそうだが、娘の代になって綿入れの半てんに姿を変えた。さすがの結城も傷みが目立ってきたと、やりくり上手のおばあさんがリフォームに踏み切ったのだという。
三代、四代にわたって愛される家、住み心地の良い家があるのだろうか?
「建てる、売る、逃げる」という迷セリフ?を吐いたのはミサワホームの創業社長だが、瑕疵保証が義務付けられた今では最後が「10年したら逃げる」となるのだろうか。
私は、この本に感動しつつ、怖れを感じてならない。
高森さんが心を込めて紹介しているすばらしい物たちを収納し、使い、愛でるための家を造るということについて、厳しく覚悟が問われていると思うからだ。
出だしの項は「漆の汁椀」である。
最初の7行を読んで怖くて先が読めなくなったのだが、数日してから覚悟を決めて読み続けた。
1980年代の中頃だったと思うが、デパートの漆器売り場で、やや大振りの漆椀に出合って一目ぼれした。漆の椀はいくつか持っている。どうしようか・・・しばらく迷い続けた。そのうちに、その椀を作った人の言葉を聞く機会があった。「汁椀でもなんでも、死にものぐるいで作っている」という。それに報いるほどの立派な使い手になれない、とあきらめがついた。
作者の山本英明さん(福井県鯖江市河和田)と実際にお目にかかったのは、それから数年後のことだ。
「作るもんは仕事だから一生懸命なのは当り前。使う人は気軽につこうてくれればいいんですよ」。言われた途端に肩の力が抜けて、もう十年以上も愛用している。
この本には、「一生ものの贅沢」という副題がつけられている。
そのように思ってもらい、納得してもらえる家を死にものぐるいで造ろう。
そして、住む人に気楽に存分に楽しんで暮らしてもらいたい。
2006年7月18日
松井 修三
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