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第40回 ローラ・インガルス・ワイルダーを読んで

松井さんのブログが2006年1月10日にスタートしてから、間もなく1年になる。
すでに住まわれているお客様、これから家造りを始めるお客様などから「楽しみにして読ませていただいていますよ」と声が掛かったり、お便りをいただいたりすると、ご本人はとても嬉しそうにしている。
私も楽しみにしている一人である。今日はどんなことが書かれているのだろうかと、興味をひかれる。
好奇心が旺盛な人だから、タイトルも意外性に満ちている。
最近では、「ローラ・インガルス・ワイルダー」(2006年12月19日)を見て、驚きを覚えた。そのお年で児童書にまで興味を持たれるとは、そう思って読み始めたのだが、松井さんの感受性に大いに刺激され、書棚にあった岩波少年文庫から出版されている「小さな家シリーズ」後半の5冊を取り出したのだった。

最初は「長い冬」。
草刈り機の軽やかな音、高く晴れ上がった空、風のこうばしいにおい、冷たい井戸水。ローラの五感を通して伝わる情景にたちまち引き込まれていった。
暑い最中、ローラはとうさんの干し草作りを手伝う。その時見つけた、ジャコウネズミの巣を見てとうさんは言った。
「厳しい冬になりそうだ。くる冬が寒ければ寒いほど、ネズミたちは巣の壁を厚く頑丈につくるのだよ」と教える。そのときローラは思った。
「ジャコウネズミは寒さに耐えられる厚い壁の家を作れるからいいけれど、わが家の農地小屋は薄い板張りで、それは日に照らされ縮んでいる。板とタール紙の家では厳しい冬を過ごすことはとうてい無理だ」と。
不吉な予感を漂わせて、物語は展開していく。
9月に霜がおり、10月に最初の猛吹雪がくる。ローラ一家は寒さに耐えられず町に建っている家に引越すことになった。下見してきたとうさんは、
「その家は、しっかりした板張りで、壁紙が貼ってあるし、外側は下見板張りで、天井の内側も板張りだ。がっちりできているし暖かい」と説明した。

しかし、猛吹雪に町は鎖され汽車も不通になってしまう。それぞれの家は孤立していき、主食にするパンの小麦も、貯蔵していた野菜も底をついていく。猟をしたくても動物の姿もない。最悪なのはストーブの燃料の石炭さえも無くなってしまった。外は零下20〜40度の世界だ。ランプに使う灯油も使い切る。
あるのは、必死に家族を守ろうとする、とうさんとかあさんの知恵と愛情、勇気。そしてそれに応えようとするローラたちの健気な努力。
しかし容赦のない寒さと飢えは、厳しさを増すばかりだった。それでも一家は「ぜったい負けるもんか!」とがんばるのだ。
猛吹雪のわずかな晴れ間に、かあさんは子供たちを外に連れ出して新鮮な空気を胸いっぱい吸わせる。
そんな時にローラは確信したことだろう。じっと耐えていれば、いつかは事態は好転する。日々をしっかりと生きていくことが大切なのだと。
5月になって、ようやく長い冬が終わった。汽車も通り、家族は潤うことができた。思わずローラの一家と共に「ばんざい!」と叫んでしまいたくなった。

40才を過ぎて、児童書を再び読むとは思いもよらないことだった。しかし、親として人として学ぶべきところがたくさんある。
とうさんが、「時代は進みすぎているよ。すべてがとてつもない早さで進んでしまった。鉄道。電信、灯油、石炭ストーブ、こういうものはあれば便利だが、問題は人々がそれに頼りすぎてしまうという点だね」という場面がある。
120年後、文明は信じがたいスピードで進展し続けていて、便利すぎることが禍をもたらす時代になっている。
そして、人と人との関係はぎくしゃくし、夫婦、親子の関係ですら危険な状況になりつつある。

第2巻の「大草原の小さな町」は長い冬を越えて、一家は再び農地に戻るところから始まる。種まきなど忙しい合間に農地小屋の増築も行う。
ある朝、とうさんは床の根太を渡した。それから板枠をこしらえた。ローラはとうさんを手伝って、板を持ち上げ、とうさんが釘で打ち付けている間、鉛のおもりをぶらさげたひもに沿って、曲がらないようにしっかり支えていた。とうさんは間柱を据え、ふたつの窓枠も造った。それから、垂木を渡し斜めの屋根をこしらえた。だんだん家らしくなっていく状況は、家づくりに携わっているだけにわくわくするものだった。
とうさんの偉大さ、それを支えるかあさんの力、そして子供ながらに手伝えることの喜び、一つ一つの過程が物語であり、ドラマだ。
家づくりは、娘に一生忘れ難いすばらしい思い出を与えたことだろう。
私は、わが家の上棟の日の情景を思い出しつつ、そのシーンを二度読んだ。

第3巻の「この楽しき日々」では15歳のローラが教職について家を離れる場面から、将来の夫となるアルマンゾとの恋愛、そして18歳で結婚するまでが描かれている。
いつの場面にも、豊かで美しく、ときに冷厳なまでの自然が背景にある。
アルマンゾは2人の新居を用意する。結婚式を終え、最初にローラが見た家は下見板張りできちんと仕上られていて、おだやかな灰色のペンキできれいに塗ってある。家の中央のちょうどいいところに入り口のドアがあり、窓が二箇所にあって家全体がにこにこ笑っているように見える。
ドアを入ると、かなり広い部屋で、壁は乳白色のしっくい塗り、左手壁にある南向きの大きな窓から日光が差し込んでいる。もう一方の壁にはドアが二つあり、手前が寝室で、奥のは小屋裏に通じていて中には料理用のストーブや鍋などが置いてある。残ったドアを開けると収納にたっぷりの棚があり、床のはね戸を開けると地下室があった。
それほどの家を造るには、大工さんをはじめ屋根職人、左官屋など10人以上が必要だと思うのだが、どうやらアルマンゾが一人で手を掛け、手を尽くして建てたようだ。ローラは、自分以上のすごいがんばりやの人と結婚した。

第4巻の「はじめの四年間」を読むと、結婚生活は平穏とは程遠いものだった。厳しい自然条件と戦いながら、土地を開拓していかねば生きていけないからだ。夫婦は、毎日ありったけの才知と、体力と、がまんを出し切りながらがんばっていく。
苦難続きの生活の中で、娘ローズは生まれた。しかし喜びもつかの間で、その後に生まれた長男は死んでしまう。不幸は続いて起きるものだ。夫の留守中にストーブの扱いが原因の火災で家が全焼する。
さすが気丈なローラも「ああ、マンリー(夫の愛称)がなんて言うかしら・・・」と泣き崩れた。

傷心のローラが尋ねる。
「二人の農業は成功だったといえるのだろか?」と。すると夫は、
「要は、自分がそれをどう見るかにかかっているんだよ。悪いことが重なって起こったけれど、農民でなくとも、だれにだってそういう運の悪いことは起こるものだ」とやさしく答える。
当時、農業で成功することは、自然をはじめあらゆる困難やアクシデントとの闘いに勝利しなければ得られないことだった。
夫の一言で、ローラは以前にもまして闘争心を燃え立たせるのだった。

第5巻は、「わが家への道・ローラの旅日記」である。
松井さんが読まれたのは、この巻である。
第1章「出発」と、第3章「新しい家」は娘のローズが書いている。娘からみた母ローラの姿が垣間見え、興味深い。
7年間、まったく雨の降らないサウス・ダコタに見切りをつけ、一家は幌馬車に乗ってミズーリ州マンスフィールドを目指す旅に出る。日中は幌馬車の中は40度前後にもなるという暑さに耐えながら。6週間後、約650マイル(千キロ)の長旅は終わった。自分たちが望んでいたよりもいい場所に丸太小屋つきの土地を手に入れる。小高い丘の上で、一年中、水の湧き出る泉があり、リンゴの苗木が400本も仮植えされていて町までも近く、学校に歩いて通える。
生活が落ち着くと、ローラ夫妻は新しい家を計画する。

「白い家にするのよ。材料は全部、この農場にあるものを使うの」
家を建てるのに必要なものは、すべて、この土地にある。頑丈なオーク材の梁と板、土台と暖炉用の石。大きな窓もつけるのだ。西向きの窓からは、小川を越えて、なだらかな小さな谷間が見え、町を見えなくしている。木深い丘陵の上には、夕焼け空が見わたせる。北側には、きれいな、広いポーチを作る。暑い夏の午後には、さぞ涼しいだろう。台所は、冬は薪ストーブ、夏は、必要以上に部屋を熱くしない新型の灯油ストーブが置けるくらいに広くする。どの窓にも、蚊よけの網戸をつける。勝手口のすぐ外に、ポンプつきの井戸を掘る。もはや、泉から水を汲んでこなくてすむ。そして、居間には、本棚を一つ、いや、本棚は二つ置こう。本のいっぱい詰まった大きな本棚だ。冬の夜は、暖炉のそばで本が読めるように、つりランプもつけよう。

この世で、家を建てることほど精神を高揚させるものはないと思う。そして、建てたことで何事にも勝る喜び、感動を味わうことができる。
それだからこそ、松井さんは住む人の幸せを心から願うことの大切さを説くのだ。
ローラの夢は実現した。この家は、現存しており、記念館として公開もされている。ぜひ子供たちと訪れてみたいと思う。

読み終わって考えさせられたことがある。
それはローラが生きた時代の方が幸せだったのではなかろうかということだ。
当時は、否応無しに家族が力を合わせなければ生きていけない状況があった。今の時代は、家族はばらばらでも生きていけてしまう。父さんがいなくなっても、餓死も凍死もすることはない。東京や横浜では、3日続く吹雪などもない。母さんがいなくても、着るもの、食べることにはさほど困ることはない。息子や娘が手伝わなければ困るというものがない。
夢や希望が叶ったときの感動の大きさ、深さは、どうにもならない窮状や過酷な自然に耐える度合いに比例すると思う。家族が心を合わせ、手を携えて、耐えて得たものには珠玉のような思い出がつきまとう。それが家族の絆となるのだ。
その度合いが薄れる一方であるいまの時代は、不幸になりやすい。感謝よりも、不平や不満ばかりが先立ってしまうからだ。
最近、何事においても感動の底が浅くなりかけていた自分に、ローラの本を読むように導いてくださった松井さんに感謝したい。
「マツミの家は、住む人と造る人との間に感動がこだまする」と言われているが、たしかにそのとおりである。
新年を迎えるに当たって、感動を新たにし、亡き主人に感謝を捧げた。

新年のご多幸を心からお祈り申し上げます。

 

2007年元旦
久保田 紀子


 

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