第45回
100枚の雑巾
新事務所へ引越してから10日が経った。
以前の鉄筋コンクリート造と木造との質感の差は驚くばかりである。肌合いがまるで違い、どこにいても気持ちが良く、心地よい。みんな忙しく出たり入ったりしているが、どの顔も以前よりは明るく見える。
数年前に松井さんとイギリスのクレダの会社を訪ねた。
その折に、ストーク・オン・トレントにあるウエッジウッドの工房を見学し、創設者ジョサイア・ウエッジウッドの「いい物を作るためには、社員がより働きやすい環境を整えることが大事だ」という考えを知った。
松井さんは、感動して言われた。
「まったく同感です。私もいつかは、そうしたいのです」と。
その後も海外でオフィスを見る機会があるたびに、「そうそう、このくらいのスペースを与えたいなー」とか、「こんな雰囲気がいいなー」などと、夢を語っていた。
その念願が叶って出来上がった自前の事務所である。
私は何かプレゼントしたいと切に思っていた。しかし、松井さんはお祝いはすべて辞退すると宣言している。
そこで私は、手縫いの雑巾を作ることを思い立ち、自宅で眠っていた温泉タオルや、不要なタオルをかき集めた。娘と二人で手分けして、一枚のタオルを半分に切り二枚の雑巾を縫い、出来上がった60枚を洗って干して、手になじみ易いようにした。
社員さんたちが心を込めて掃除をして、いつも事務所がきれいでありますようにと一枚一枚に願をかけて袋に入れた。
会社にプレゼントして数日後に、松井さんがパースを入れた20個ほどの額を拭きながら、「この雑巾は、拭き心地が実にいい」と言われた。
私は思わず声を弾ませて答えた。
「私の手縫いです。とりあえず60枚プレゼントさせていただきました」
すると、松井さんは雑巾をしげしげと見つめ、
「久保田さん、ありがとう。さすがですね。雑巾にも拭き心地の良し悪しが、たしかにあるんですよね。大量生産タイプの市販のものとはまるで違います」
私はすっかりうれしくなって、「もう40枚作ります。合計で100枚をプレゼントしたいのです」と宣言していた。
2007年11月4日
久保田 紀子
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