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  【 ご案内所長のひとり言|クレダの旅 】
 

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No.4

2002年9月27日

 
 今日からは、イギリスの家造りについて見学することになる。まず、レンガ造りではない家を見学するためにコッツウォルズ地方へ出かけることにしたのでヴィクトリア駅から出発する。
 オックスフォードとストラトフォード・アポン・エイボンを見るのが目的だ。
 まず、オックスフォードの町に入った。今まで 見ていた赤煉瓦とは変わり、町全体のトーンがぼやけて、お花の赤やブルー、木々の緑が浮き立って見えた。蜂蜜色の石の建物はどれも歴史が古いものばかりだ。淡いピンクがかった石壁を見ていたら、上棟の日の檜の柱を思いだした。石と木、それらは材質としては対局に位置しているけれど、そこの石の色合いは木肌のように馴染みやすさを感じた。
しかし、酸性雨などによって浸食されて傷んだ壁面を修復すると大変な費用がかかるそうだ。直した部分が古い部分と違和感が無いようにするのに、とっても苦労をするとのこと。古い町並みを維持するための専門職人がいることも素晴らしいと思うが、壁を100m2修復するのに1千万円以上も費用がかかるとは大変なことだと思った。

アナログの国、デジタルの国

 おもしろかったのは、歩道の石に溝を付けて、そこに自転車の前輪をはめ込むようにした自転車置き場だ。日本のように機械的な施設を必要としない。
 そう言えば荒川さんが言っていた。イギリスはアナログの国だと。日本はデジタル的だからエレベターがフロアーと1ミリの狂いもなく止まるし、ドアのたて付けだって寸分の狂いもない。そんな些細な事にどれ程の費用、時間、労力を使うことか。
 そう言えば、ビルディングセンターを訪問した際にエレベーターの行き先ボタンを押しても何も点滅もしなかったので故障と思い、すぐさま降りて階段を使用した。しかし、会社の人は利用している。つまり、上行き、下行きのボタンが点滅しなくても、動きさえすれば文句も言わずに利用するのである。それが日本でなら大騒ぎとなるであろう。しかしイギリス人はおおように「NO Problem!」と笑顔でいうだけだ。

 日本ではクレダの調整つまみがちょっと具合が悪いとすぐにクレームになるという。エレベーターの不具合などがあれば、「人命に関わる」と言って大騒ぎになるであろうが、イギリスでは機能さえ安全に発揮できるのであれば、そんなことは問題にしない。
 しかし石壁の修繕には、何千万円も掛ける。「歴史的建造物だからあたりまえでしょう」の一言だ。観光資源だから投資を惜しまないでいるとの見方もできるのかもしれないが、どうもそんなレベルの考えではなさそうだ。

 途中の小さな村に立ち寄った。
 そこは同じ石造りでも趣がガラリと変わった。屋根は茅葺きで、見る者にふんわりした柔らかな印象を与える。そして壁の色は、ライムストーンと呼ばれる石灰岩を使用しているので、古い順に少しづつ家並みの色が変わっていく。
明るい茶色、蜂蜜色、少しグレーがかった感じの色。
 それにしてもなんて懐かしさを感じさせ、暖かみがある風景なのだろう。茅葺きの屋根とパステルカラーの壁に、花や緑の色がさえて、まるで童話の世界に迷い込んだような感じがした。
 コッツウォルズが、日本人観光客に喜ばれることが十分うなづけた。

ストラトフォード・アポン・エイボン

 ここは、シェイクスピアの誕生の地として有名だが、チューダー朝の家並みの美しさでも有名である。いわゆるハーフ・ティンバースタイルである。
 縦、横、斜めと、木組みは自由奔放であり、太さと角度、曲線を変え、手作りの適当さと優しさとをミックスしつつ、木は黒く、壁は白く、あるいは生地のままの木とレンガの対比が見る人を魅了して止まない。いずれの装いにも、遥かな時の流れを偲ばせている。
昼食のために立ち寄ったところは中2階のある入り組んだ造りの木造の店だった。そこも白熱灯の明かりだけで、少し暗い感じはしたがバスに揺られて疲れた体に心地よく感じられた。その薄暗さに、落ちつくのだ。
 食事が運ばれて来た。トマト味のスープは野菜がトロトロに溶け、甘酸っぱさに食欲が回復する。次に運ばれてきた「フイッシュアンドチップス」、それは、ころもを付けて揚げた魚料理でイギリスの代表的な食べ物の一つである。一口かじる。ころもがサクサクッと歯にあたり、次には柔らかい魚の白身が舌に触れる。熱いので、ハフハフしながら味わうその美味しかったこと!
 「Excellent!」と思わず叫んでしまった。
 松井さんがその時、テーブルの上の英文のメッセージに気付いて訳してくれた。
 「当店では、お客様に美味しく召し上がって頂くために真心込めて、料理をお作りしています。もし、お味にご不満があれば、スタッフにお申し付け下さい。すぐにご満足いただけるよう、作り直しをいたします。どうぞ思い出深い一時をお過ごし下さい」と。      
 「“ものつくり”にはこのような心意気が大切なんだよなー。造るからには“家造り”もこうでなくてはね。絶対の自信を持って仕事をしなくては」と松井さんは実に感じ入ったようだった。
 その店の名は『Beef Eeater』という。

 食後、3人は自由行動とすることにした。松井さんは来るときに途中で見かけた改築現場へ行くとタクシーをひろって出かけた。イギリスでは新築や外部も改築する現場に出会うことはめったにないからだ。

 私はエイヴォン川沿いの方へ足を向けた。公園のように整備された一角では、人々が思い思いの時を過ごしていた。なんて素敵な所だろうとため息が出る。今日もいい天気に恵まれて、日差しは強くても風が心地よい。古い家並みに誘われるまま、町中を歩く。イギリスの歴史の暗部を再現したミュージアムにも入ってみた。建物の中は薄暗く、天井が低い。梁が太く頭上にのしかかってくるようだった。床も歪んでいた。階段幅も60pぐらいしかない。
 観光客として眺めていると興味をひかれるけれど、実際に暮らすことを想像すると、とても私には馴染めないだろうと思った。ハーヴァードハウスの外観などは木の模様に見覚えがあると思ったら、漢字の「木」の元になった象形文字とそっくりだった。

アン・ハザウェイの家

 シェイクスピアの生家は、400年以上も昔に建てられた家だそうだ。入場料は日本円にして1200円ほどなのだが、その程度では貴重な建物をこれから先も維持していく為には少なすぎると思った。        
 戻ってきた松井さんと合流し、アン・ハザウェイの家を見に行く。シェイクスピアの奥さんの実家だそうだ。たっぷりとした茅葺き屋根におおわれた木と土の家。
 一階の天井がやけに低い。二階は小屋裏になっていた。斜め天井のベッドルームを見学していたら、松井さんが「歩く音が家中に響きますね。これでは生活が息苦しかっただろうなー」と言った。
 そうか、素足でなく靴を履いての暮らしであることに気づいた。3センチほどの厚さのムクの床板は、下から見上げればそのまま天井板でもあった。 あちこちに隙間もある。そんなことに気づいてみたら、当時の暮らし方についての想像がいっぺんに広がっていった。
もしも縁があって私がこの家に嫁いだとしたら、冬の寒い日に野良仕事で冷え切った体をどうやって温めたのだろうか。食事はどのようにして整えたのだろうか。そういえば、トイレは家の外の離れにあった。夜中にトイレに行くのにはどうしたのだろう。それは大変な覚悟を必要としたはずだ。そう思えば、宿泊しているホテルの便座の冷たさなどは問題外である。
 その後、私は、家や建物を見学するたびに、そのようにして想像の世界にひたることを楽しむようになった。

 ふと気づくと、なんとそこにクレダ暖房機が使われていたのである。入り口、台所、2階の寝室、お土産売り場に6台のクレダが設置してあった。バスの中で、松井さんはあんなに隙間だらけの家で何故クレダを使うのかを考え始めた。
「隙間があるから、輻射暖房の効果が際立つのかもしれないな」と逆説的な説明をしてくれた。輻射暖房は空気を媒介しないで、直接周囲の壁、床、天井を暖めることができる。それらの蓄熱容量が大きければ暖房効果が高まるわけだ、と私は理解した。
 寒さに強く、隙間風を気にしないで何事も「NoProblem!」と大らかな感性で、合理的にものごとを考える人たちには、クレダのような暖房の方法が適しているのだろうとも思った。
 松井さんは常に、「家はその土地、その家族に合ったものでなければならない、その家族の感受性に合わせて造ることが大事だ」と言っている。その家族の感受性という場合、イギリス人と日本人とではかなり違いがあるようだ。
クレダという暖房機は、その違いを超えて双方の住む人々に満足をもたらしているようだ。

 22時過ぎにホテルへ戻ると、支配人が出迎えてくれた。私たちの部屋はホテル側のミスで別館の部屋があてがわれていたことが判明した。どこでどう間違ったのか分からなかったが、急遽本館の4階にある部屋に引越すことになった。そこはゴージャスな雰囲気で、温水のヒーティング方式で温められており天国のようにすばらしく見えた。
 「そうよ、おかしいと思ったのよ。こんなはずではなかったんだ」と独り言が止まらなかった。
 その夜、私はベッドに倒れ込むように眠ってしまった。

ロンドンの住宅事情

 今朝は冷え込んだようだ。部屋の窓が結露していた。私は部屋が変わって良かったと素直に喜んだ。別館にいれば今朝の寒さで風邪をひいてしまったかもしれない。やはり、部屋が暖かくて、バスルームも暖かく、騒音もないというのはありがたいことだとしみじみと思った。

 8時に、チャーターしたガイドと運転手が来た。まず建築現場と売り出し中の住宅を見学することになる。
戸建ての住宅は郊外に行かないと望めないということで、日本で言うマンションタイプを見学する。
 見学中にビルディングを解体している現場があった。1960年頃に建てられたタワービルディングと称するものであった。ヴィクトリア時代の煉瓦建てを壊して、もつと住み良さを求めて高層住宅に造りかえのだが、出来上がったものは粗雑な造りで、数年もしない内に壁や床に隙間ができたり、ひび割れで雨が漏ったりするようになってしまったとのこと。中には突然崩落した建物もあったという。
 そのためそこで暮らした人々から、「こんな粗末で危険な建物の中には住みたくない」という不満が多発するようになり、タワービィルディング・ディザスター(災難)と言われて大きな社会問題となったそうだ。
 しかし、建築中の建物も頼りのない軽量な鉄骨を使っているのを見て、松井さんは、あれではちょっと大きな地震がきたらひとたまりもなく倒壊してしまいそうだと心配していた。

 コンクリート躯体の外側に繊維系の断熱材を張って、その外側にレンガを積み上げる外断熱施工も見学できた。前に見た現場と同じようにレンガの積み方は素人目にも地震に弱そうだった。工事中の建物の中に入ってみたが、部屋が価格高騰のあおりで6帖程度の広さに細分化されているのに驚いた。
 イギリスでは家の広さをベッドルームの数で表現し、それがそのまま価格に反映されている。間取り、方角、日当たりなどはほとんど評価されないようだ。だからホテルの別館がそうだったように、地下にあって、使い勝手が悪くても構わないのだろう。
 そんなことよりもその家がいつの時代に造られ、どんなデザインをしているかの方が重要視されている。だから、古いレンガを売買する市場があるという。そしてそのオールドファッションの家の内部をリフレッシュして、楽しく暮らすための工夫と労力を惜しまない。その辺りが日本とは大分感覚が違うところだと思った。

 日本でいうマンションはフラット、その高級なもので上下階を利用できる造りのものをペントハウスといい、二軒で一棟(二戸一)をセミデタッチ、戸建てはデタッチというのだそうだ。              
 ケンジントンにあるペントハウス販売事務所へ行った。
 3ベッド、2バスルームとバルコニーとか、3ベッド、3バスルームとテラスという表記になっている。延べ床面積がない。フィナル・セールで3ベッド、3バスルーム、テラス付きが残っているだけだった。価格は日本円にして1億8千万円ぐらいとのこと。
 ロンドンの相場は高すぎている感じがする。同じお金を払うのであれば、東京の方がもっと気に入った物件が手に入りそうに思える。日本の家の価格は高すぎるとよく聞くのだけれど、松井さんに言わせると相対的には日本の方が安いと言明する。

老後の心配

 イギリスの子供は、親元から独立して暮らすようになるのが早いそうだ。独立したらなるべく早く家を持つという意識が強く、また、それをバックアップする金融制度が確立しているとのこと。頭金無しで、3000万円ぐらいを30代の前半で楽に借りることができるという。
 そういえば、アプライド・エネジー社の人たちは3人ともに持ち家だった。イギリス人は、家の維持に時間とお金をかけたがると聞いていたので、ニゲルさんに「ローンの支払いをしながら家の維持にお金をかけていたのでは、老後の為に貯金ができないのでは」と尋ねると、おかしな事を聞く人だと言わんばかりに肩をすくめた。
 「老後の心配なんて、誰もしていないよ。国がめんどうをみてくれるもの」と、とても楽観的に自信ありげに答えた。イギリスは福祉政策が充実しているから、老後の備えを蓄えたりしないで、人生をエンジョイした方がいいと考えることになるのだそうだ。だからローンを抱えるということに悲壮感がない。楽しみながら返済していく。日本人とは反対に、貯金に回すお金で家の改装をしたり、好きな車を買ったり、旅に出掛けたりしてより人生を豊かにして楽しむことを心がけるという。
 二世帯同居という暮らし方はまれにしか無いともいう。元気である限りは、自分の面倒は自分でみる。日本と大違いのようである。でも、日常の暮らしは質素であり、無駄なお金は使わないようだ。

 時代ものとされる古い家は数に限りがあるわけだから、その家の価値は上がることはあっても下がることはない。だから、安心して買って安心して売れる。
 日本では高い税金を納め、生命保険をかけて、健康保険に介護保険を支払ってもなお老後の心配をしなければならず、いざとなれば高い医療費を払わされ、その見返りはわずかにバスの無料券程度である。
何よりもつらい話は、家が完成したときから資産価値を失っていき、解体せざるを得なくなったときにもローンが残っている場合すらあるという現実だ。
 借りた金額に見合うほどの金利を支払って、なおかつその分に匹敵する資産価値を失ってしまう二重の大損を、だれも怒ることもなく、当たり前のようにして負担している。
 さらに住み心地が悪いがために、健康を損なったりするとしたら、その損害はいったい何重にふくれあがることだろうか。
イギリスと比較して、何かが、どこかが間違っていると考えさせられる。
そんな嘆きをしなくてすむようになるためには、松井さんが提唱している老後を支えてくれる住み心地の良い「いい家」を建てることであると確信した。

リチャード・ロジャースの作品

 本日も晴天なり。日差しは強く日本の初夏を思わせるようにまばゆい。風は秋を思わせ、涼やかで、戸外の緑に降り注ぐ陽光は春を思わせて、やわらかに映る。日本のスリーシーズンをリアルタイムで感じることができる典型的な日だった。こんないい天気は一年中で50〜60日だそうだ。私たちは、滞在中ずっといい天気に恵まれた。

 ロイヤル・アルバート周辺は赤が鮮やかなレンガの建物が多い。その辺りにはアルーバートと名のつく建物、記念碑などが目立つ。ヴィクトリア女王の最愛の夫(アルバート)が亡くなって、ヴィクトリアは悲しみから終生立ち直れなかったそうだ。そして、橋や、記念碑、ホールを建てた。それが140年以上経った今、観光客の関心を引きつけて止まないでいる。赤レンガの建物の壁に1857などと建物が造られた年号が刻まれていた。
 統計によると、1918年以前に建てられた家が20%、1918〜1938年の間に建てられた家が20%、つまり約40%の家が築後65年も経っている。新築は、年間15万戸ぐらいだそうだ。
何故に家が長持ちするのだろうか?
 その理由の主なものとして、イギリス人の無類なメンテ好きをあげる人が多い。確かに、まるで国民的な趣味のようでもある。しかし何と言っても、本体がレンガ積みでできているから腐らないことが挙げられる。そして大地震が無いことがもっとも大きな理由であろう。でも、その後いろいろな家を見歩いたのだが、カビ臭く、陰気な感じがして、いくら上手にメンテをしたとしてもどうにも住みたくないような空き家も多かった。

 街のあちこちに、100年以上前のヴィクトリア時代の図体が大きな郵便ポストがある。ポストの背面に「V.R」という文字が刻まれている。「機能さえ利用できるのであれば、古くてもいいではありませんか」という考え方の象徴のようでもある。

 ホテルに帰る途中、『ロイズ・ビル』を見た。有名なリチャード・ロジャースの設計だそうだ。その斬新さを追い求める意気込みは認めるが、私には「なんじゃこりゃ!」という印象の方が強い建物だ。冷たい金属で下水管を縦横無尽につなげたような外装はグロテスクそのものに見えた。
 ロンドンには、歴史的な建造物の古めかしさに、わざと対比させて人目を引こうとするような新しいビルが目立っている。私には、それらは古い建物に向かって、「もうおまえたちの姿は見飽きたよ」とあざけり笑おうとするかのように見えてならない。
 さあ、100年後に飽きられず、大事にされているのはどっちの建物なのだろうか、命があれば見に来てみたいと思った。


 
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