No.7

朝の6時に松井さんからの電話で、カンタベリーへ行くと知らされた。
「カンタベリーってどんなところなのだろう?
もう7日間、連日駆け回っているのだから一日ぐらいゆっくりと寝かせておいて欲しい。いや、そうは言えない・・・」
疲れがピークにさしかかってきた体を起こし、ぶつぶつ独り言をつぶやきながらあわてて身支度を整えた。
今日はロンドンからは東南の方角に向かうのだ。いつも切符を買うのは私の役目となっていたのだが、昨日乗り間違えをしたので不安があった。案の定、ビクトリア駅で乗るべき列車を間違えて、各駅停車の鈍行に乗ってしまった。
後でわかったことなのだが、カンタベリーにはウエストとイーストという二つの駅があって、イースト駅行きに乗れば急行があり1時間半程で着けたのだ。ウエスト駅に向かうには各駅停車しかないそうだ。そのために倍も時間を掛けることになってしまった。
これが駅なのというようなひなびたところにも丁寧に止まっていく。
列車の振動に身をゆだねていると、さすがに蓄積された疲労が浮き上がってくるようだった。Nさんは目の前でぐったりとして眠っていたが、途中から列車はそれまでになく激しく揺れて私を眠らせてくれない。松井さんは、車掌さんと意気投合したらしく車掌室へ行ってしまった。どこからか冷たい風か入ってきていて寒くてたまらなくなった。今日は予定では帰国する日だった。台風が来なければ帰れたのに、などとえらく弱気になりかけてしまう。
揺られ続けること2時間を経過したころから、寒気はひどくなり、気分は最低となった。早く暖かいわが家に帰りたい。寒いところでは心は萎縮するばかりだ。そのうち車窓の景色に何も感じることができなくなり、ひたすら体を丸めてボーッとなっていた。

すると突然だった。カンタベリー大聖堂の姿が車窓に映し出されたのだ。そのとたんに我に返って、「あっ、見えた。見えた!」と大声を出していた。
今でも、あの瞬間の印象を鮮明に思い出す。口がきけないほどに心身共に疲れ切っていた私が、大聖堂の姿を目に捉えた瞬間に、神の啓示にふれたかのように体中に熱いものが一挙にみなぎったのだ。それは実に不思議な現象で、寒気は完全に吹っ飛んでしまって、急に体が軽く感じられた。
昔からたくさんの人々がカンタベリーを訪れた時、多分、くたくたに疲れ切った頃にやっとの思いでたどりついたのだろう。そしてあの姿を目にした瞬間に感じたものは、おそらくもっともっと激しく胸を突き上げてくるものであったのだと思う。
カンタベリー・ウエスト駅にて下車する。そこには毎年300万以上もの人が訪れるという。
大聖堂に向かう道の両側には、個性的な姿の木造の店がピッタリとくっつくように建てられていて、中には上階がせり出している建物もあった。古いレンガ積みのものもあれば、モルタルでピンク、ブルー、オレンジ、白、イエローなど色とりどりに塗られている家もある。チューダー様式の家がその間に挟まっていたり、外観はそれぞれ個性的だけれども町並みとしてはすこぶる美しく調和している。
どの辺りが大聖堂への入り口になるのかが分からなかったのだが、尖塔がチラリと見えた路地を曲がってみた。するとそこが入り口の門となるクライスト・チャーチ・ゲートだった。
その門をくぐってからほんの数歩進んだときに、私は雷に打たれたような衝撃を感じて動けなくなってしまった。
それがカンタベリー大聖堂を目前にした瞬間であった。列車の中で感じた感動の予兆は正しかった。なんと堂々として美しく荘厳な姿をしているのだろう!そのあまりの壮麗な姿に、私の感受性は耐え切れなくなったようだった。じっと見つめているうちに涙が溢れだした。 何故そうなったのかわからない。とにかく涙があふれ出て止まらなくなってしまったのだ。
表現できないものが私の全身を強く揺さぶって、それまでの人生の忘れられない様々なシーンが胸一杯に広がってしまった。
大聖堂の中に足を踏み入れると、目に入るものの全てが魂をゆさぶってくる。感動で、ただ呆然としたまま立ちすくんでいた。太く壮麗な柱が 真っ直ぐに天井へ伸びている。その最先端は、まるで大輪の花が開いたようなアーチの連続につながっていて、建物の奥へと私を導くのだった。
私は招かれるようにして、聖堂の一番奥に置かれた椅子に座った。静かな時の中で、無意識の内に手を合わせて祈っていた。
すると、ポタポタと手の上に涙が落ちてきた。若くして永久の別れをした夫への想いが、むせてしまうほどに浮かんできたのだ。あれ以来二人の子供を育てながら、がむしゃらに生きてきた自分がいとおしく思えてならなかった。あたりには人気が無く、私は子供のようになって泣いていた。
カンタベリー大聖堂は、遠いところからやってきた私のような異邦人に対してすら、やさしく心を開かせてくれ、温かく抱擁してくれるのだった。
しばらくしてから、奥の聖歌隊席に行った。
その仕切りの石壁の装飾がまた素晴らしい。6人の国王が刻まれている。そして左右のステンドグラスの華麗さにはため息が出た。建物の空間の大きさと比べると、仕切りの石壁の入り口はとても小さい。そこをくぐると一際目を引く淡いブルーのステンドグラスに目がいった。その傍に蝋燭台があって、火を灯せるようになっていた。私はそこでまた祈った。
帰国後、解説書を読んでいて知ったのだが、私が祈りを捧げた場所はトマス・ベケット(時の大司教)の頭部が安置されていたという。
当時ベケットは、国家権力に教会が抑圧されてしまわないように勇敢に抵抗していた。国王がフランスに出掛けている時に噂が走った。ベケットが密かに反乱軍を集めているというのだ。それを聞いた国王は、身分の低い聖職者が自分を陥れるような行動をすることを放任していた部下たちに対して、激しい怒りの矛先を向けた。
国王への忠誠心を示すべく、事の真相を確かめることもなく4人の騎士たちが大聖堂に乱入した。騎士と対面したベケットは信仰と勇気をもって抵抗し、惨殺されてしまったという。
1170年12月29日のことである。ベケットは殉教者となり、遺骨は不治の病を治すとして崇拝され、多くの参拝者を集めることになる。その後360年間に渡り、イングランドのキリスト教会は君主から独立した立場を確保することになった。
帰りはカンタベリー・イースト駅まで歩く。
現存する城壁の上を歩いていく。14〜15世紀に造られたものだそうだ。大砲や銃口を突きだしたであろう穴もそのままであった。城壁の重なり合う古びた石のあちこちに、雑草と思われる小さな花が顔をのぞかせている。ハトたちが上空を舞ってはそこで体を休めていた。
その情景は、宮崎駿夫監督作品の『天空の城・ラピュタ』を思い出させるのだった。
この700年以前の歴史的建造物を人々は道として通勤に利用していた。 |