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松井修三の
思ったこと、感じたこと

『いい家』が欲しい。出版20周年-2

投稿日:2019年6月3日

「『いい家』が欲しい。」出版10周年記念祝賀会が、ウェスティンホテル東京(ギャラクシールーム)にて開かれた。

参加者は360名。私の講演の後で、お客様の宮田耕一朗さんに尺八、鶴田留美子さんにピアノ演奏をしていただき、その後、会食となった。


マツミハウジングでは1991年から、一部上場企業であるカネカが開発した「外断熱・二重通気工法(ソーラーサーキットの家)」に取り組み、2008年4月からそれを進化させた「新換気SA-SHEの家」(2012年に「涼温換気」となる)造りをしている。

祝賀会には、「ソーラーサーキットの家」以前のグラスウールによる充填断熱時代、そして始めたばかりの「新換気SA-SHEの家」という三代に渡るお客様をお招きした。

そのため、テーブルによっては三代のお客様が一堂に会して情報交換をすることになる。 比率では、充填断熱1%、「ソーラーサーキットの家」92%、「新換気SA-SHEの家」7%で、ほとんどが「ソーラーサーキットの家」のお客様である。

中には、引渡されたばかり、あるいは建築中、または契約後に方針変えを知らされたお客様もいらっしゃる。

「いい家」をつくる会のメンバーの中には、「換気」よりも「通気」を訴えた方が受注を得やすいと退会し、SCグループに戻った人たちもいる。ネットでは、「通気工法」派からの松井パッシングが盛んになりつつあった。

したがって、席上で不安や不満や苦言が交わされる心配があった。

「通気工法によって、家が衣替えできるというところに最大の魅力を感じ、期待して建てたのに、10年もしないうちに通気工法を止めるとは、いったいどういうことなのか!」。

祝賀会は一転して糾弾の場となりかねない。会場の内装は、 ネイビーブルーを基調として高級感を醸し出しているのだが、場合によっては雰囲気そのものがブルーで重苦しいものになりそうだ。


だが、私は確信していた。

住む人の幸せを心から願うかぎり、家づくりは進化し続けるべきだ。進化は、造る側の欲や都合からではなく、純粋に科学的で合理的なものであらねばならない。

「新換気SA-SHEの家」は、ソーラーサーキットを否定するものではなく、進化させる提案であって、「『いい家』が欲しい。」の読者、「いい家」をつくる会、そしてマツミハウジングのお客様に信念をもってお勧めできるものであり、必ずご理解が得られると。


講演を終えると万雷の拍手に包まれた。かつて一度も体験したことがない温かさがいっぱいに込められた拍手だった。食事会のときに、各テーブルを回ってご挨拶をした。 ほとんどの方が、不安や不満ではなく励ましの笑顔で迎えてくださった。

「『いい家』」が欲しい。」にめぐり合えて本当に良かったという声と、いつまでも元気で活躍して欲しいという励ましと共に、「新換気リフォーム」の申し込みを30件ほどいただいた。

【祝賀会でのご挨拶】

私、1月5日で70歳になりました。昭和14年(1939年)の生まれです。

70歳になって、意識に変化がありました。

聖路加病院の院長である日野原重明先生を、急に身近に感じるようになったのです。

それまでは、90歳代というご年齢の方は、はるか彼方の、あの世にお近いような方であると思っていたのですが、70歳になったとたんに日野原先生の偉大さを日々痛感するようになったのです。

ちなみに、70歳以上の方、恐れ入りますが手を挙げていただけますか?

ありがとうございます。心から尊敬申し上げます。(笑)

日野原先生は、明治44年10月4日のお生まれで、現在97歳ですが、そのお元気さ、エネルギッシュな活動は超人的であります。先生すごさは、3年先はもちろんのこと10年先の予定を立てているということです。

人間は、予定のあるところまでは生きられるとおっしゃっています。

みなさんはいかがですか?

60歳になったら、10年後の予定を立て、100歳までの自分の行動をイメージしてみたいものです。

しかし、何も予定は立たなくても、イメージできなくても、「いい家」に住む人は長生きできます。家が支えてくれるからです。(拍手)

「新換気SA-SHEの家」にすればもっと長生きできます。(笑・拍手)


本を出版したのが平成11年(1999年)、ちょうど10年前、60歳のときでした。

思い出します。三省堂書店さんとのすべての打ち合わせが整って、最終的に何冊を印刷するかという相談を受けました。

私は、本というものは最低1万冊単位で印刷されると思っていましたから、1万冊でお願いしますと申し上げたのでした。

それを聞いた営業担当の方が目を丸くして言いましたよ。

「えっ!一万冊ですか?」と。

やおらしばらくして、その方は哀れむかのような、いや、はっきり言えば馬鹿にしたような顔で諭すように言われました。

「松井さん、自費出版の本というものは、はけても(売れてもとは言わず)せいぜい500冊ですよ。うちで在庫で抱えることはできませんから、すべてお引取りいただくことになりますが」と。

その方の態度が、私のプライドをどこか傷つけたのでした。自尊心が人一倍強い私は、言いました。

「はい、一万冊でお願いします」と。

そのとき、正直に言いますと、脇の下に冷たい汗をかいていたのです。

神田神保町の三省堂書店を出て、御茶ノ水の駅に向かう坂道を登りながら「なんで千冊」と言い直さなかったのか、とわが自尊心を恨めしく思ったものでした。


当時の体感ハウスは30坪ほどの家で、かたわらにスチール製の1坪ほどの大きさの物置がありました。本が 出来上がる数日前に、私は一人で一万冊の本が運び込まれるのを想像しながら中を片付けたのです。

そのときの思いは忘れることができません。

しかし、本は一冊も物置の中に入りませんでした。三省堂をはじめあちこちの本屋さんで予想外に売れ始めたのです。


そのきっかけを作ってくださったのは皆様です。本日参加されていない方々も含めて全国に、本を読まれて、「感動しました。ぜひ ともこのような家に住みたい」と望まれる方々が増え続けたのです。

本日10周年記念のパーティーを催すことができたのは、会場の皆々様、全国の読者の方々、そして出版を引き受けてくださった三省堂書店さん、社員、大工さん、職人さんたちのおかげです。ほんとうに心から感謝申し上げます。

                  (明日に続く)



松井修三プロフィール
  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

世界に誇れる、住み心地いちばんの家を目指して 海外視察旅行記

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