MENU

エッセイ

負い目をバネにして

私には、妻にも子供たちにも負い目があって、せめてその半分ぐらいは死ぬまでに解消しておきたいと常々思っている。


妻が一心同体のようにかわいがっていたプードルがいなくなり、彼女のペットロス症候群を見ているのが辛くてペットショップへ行った。

店に入って、最初に目が合ったのが猫だった。その瞬間、私はその瞳が発する魔力の虜となっていた。

1時間後には、その猫はゲージに入れられて、わが家の玄関ホールに置かれていた。


やがて、妻が仕事から帰ってきた。

妻は、驚きの声を発して階段を駆け上がり寝室にこもってしまい、3時間ほど出てこなかった。


「私は、結婚以来ずうっとペットの面倒を見てきました。これからは、仕事を離れたあなたと二人で思う存分、この家で老後の暮らしを楽しみたい。その願いを叶えてくれるという約束だったでしょ。だから、ペットはもう2度と飼わないと。もうすぐ私も80歳ですよ。この子を看取れると思うの?」

かつて、口答えをしたことがない妻から初めて強い調子で詰問された。


それから3か月後、猫がようやく妻に甘えきるようになった頃、妻はステージ4のがんと診断された。

その夜、妻と向かい合って今後のことについて話し合った。

半世紀の長きにわたって、人生を共にしてきた同士のような妻は、苦境に立たされると、ものの5分もしない内に「仕方がない。やるしかない」と結論するのが常だった。しかし、その夜は沈黙したままだった。


私は、毎日懸命にネットを探し回り、本を取り寄せ、妻を救える一縷の光を求め続けた。しかし、抗がん剤治療も効果なく、手術から1年後には「自然治癒力」に頼るしかないことを知った。

妻に対する最初で最大の負い目は、金がなくて結婚式を挙げられなかったことである。それからも負い目だらけで、いつもその負い目をバネにして、私は仕事にまい進したものだった。


せめてこの家で看取ってやりたい。その一心で、82歳の私は在宅での介護を決心した。

お客様の中には、親を15年介護したとか、10年間も介護したというような方はかなりいらした。

だが私は、在宅介護が始まって、妻がホスピスに入院するまでのわずか3か月ほどで、疲労困憊し、やせ細ってしまい、「どちらがガンなのか、これでは分からないな」と、風呂の鏡に映る我が身に恐怖を感じるようになった。

それでも日々の流れは情け容赦なく加速して、夏を乗り越え冬の寒さが気になり始めた頃、妻が言った。

「こうして寝たきりになっても、『涼温な家』の良さがしみじみとわかります。こんないい家であなたの介護が受けられる、私は幸せ者です。心から感謝しています」と。

「この家は、介護する人もされる人も楽な家だと言っていた自分たちがその立場になるとはね」と、私は感慨深かった。

そして、「こんないい家に住みながら、一日として満足できる介護がしてやれない自分が情けなくてね」と本心を吐露した。

しばらくして、妻は枕元に寄り添っていた愛猫を見ながら言った。

「この子を看取ってやってくださいね。約束ですよ」と。


過日、病院の待合室でふと手にした雑誌に、「奥さんに負い目のある人ほど介護に熱中する。この機会を逃すと一生後悔にさいなまされるという恐怖を覚えるかのように」と書いている人がいた。

自己中心的な実に不純な動機ではないか、私もそうだったのだろうか。

今日もコーヒーを飲みながら思った。

猫を看取るという妻との約束を実行する以外に、妻に対する負い目は解消されないに違いないと。

私の思いを感じたかのように、愛猫が振り向いた。