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松井修三 エッセイ集「思ったこと、感じたこと」

先輩の言葉

同業の先輩であるOさんとの付き合いは、創業した年からだから42年になる。ときたま、車を見かけるとぶらっと寄らせてもらって世間話をする。

工務店主というよりは芸術家といった雰囲気で、思ったことはズバッという人だ。奥さんが陶芸家であり、美術や工芸に関して優れた見識の持ち主なのでデザインなどで教えられることが多い。

設備業者が主催するパーティーで隣り合わせたのが、お付き合いの始まりだった。


だいぶ年上に見えたOさんは、酒を飲みながらこんな話をされた。

「私は、趣味で仕事をしているのだから、儲けは二の次だ。仕事を楽しみたい。だから、自分一人がいい。社員を使ってまで仕事をしたくない。お客様とはよくぶつかるよ。自宅に電話がかかってきて、大声でやり合ったりすると、女房が心配して後からこっそりお客様にお詫びの電話をしたりするときもあるようだ。それでも、私は安易に妥協したくない。

そんな風にして出来上がって、お客様が喜んでくれたときは、それはうれしいね。締めて赤字だってすっかりご機嫌さ。ところで、あんたはどんな工務店を経営したいの?」


Oさんは、優しいまなざしを向けて尋ねた。

「住む人の幸せを心から願う家造りをしたいですね」。

私が意気込んでそう答えると、Oさんは語気を強めた。

「松井さん、そんな考えでいるのなら工務店は止めた方がいい。それでは、私と同様に絶対に儲からない。私はね、恥ずかしながらある程度は髪結いの亭主でいられるからこんな席で酒を飲んでいられるのだが、もし、あなたのように考えたらやっていけなくなってしまうだろう。

それにね、私は、お客様の都合よりも自分はこうしたいを優先する。それがお客様の都合を優先し、住む人の幸せを心から願わなければならないとしたら、ストレスで潰されちまうだろうね。そんな家づくりはしたくないなー」

私が反論しようとしたとき、主催の社長が挨拶に回ってきて話は中断されてしまった。


Oさんに会うときは、いつも42年前の会話が思い出される。

Oさんは、ティーバッグのお茶を出しながら話し始めた。

「松井さん、あんたはよくがんばっているね。私は戦意を失った。

補助金行政に適合するためには、申請書類の準備だけでもうんざりだ。次々に打ち出される補助金は、お役人と大手ハウスメーカーには都合がいいだろうが、私のような一人工務店にはまったく不都合だ。手続きのための書類作成に疲弊して店をたたむ仲間も多いと聞く。

そんな中でがんばっているのだから、たいしたもんだよ。私は、週に3日事務所に出て、ちょっとしたリフォームやアフターメンテナンスをやっているんだが、あんたは新築がほとんどだよね」

Oさんはそこで深いため息をついて続けた。

「私は、来年には店を閉じようと思っている」

まもなく85歳になるというOさんの顔のしわが深まった。


別れ際に立ち上がってOさんが言った。

「女房が、あなたのブログを楽しみに読んでいてね。松井さんががんばっているのだから、あなたもがんばりなさいとよくハッパをかけられる。だが私はそのたびに思っていたよ。

住む人の幸せを心から願うという信条は立派だが重た過ぎるとね。人間、正直に言うなら自分の幸せを願うだけで精一杯さ。家づくりは、それではつらくなる。楽しめない仕事は、ストレスだらけでうんざりだよ。

二代目の祐三さんはよくがんばってるね、しっかり信条を引き継いでるようだと女房が感心してるよ」。


私は返す言葉に詰まった。そんな私をじっと見据えてOさんは続けた。

「女房はね、あんたが家に来て作品を褒めてくれた時から、ずっとファンなのだから頑張って欲しいな。ブログを楽しみにしているよ。

同じ工務店主でも、まるで違う信条で生き続けてきたあなたの『思ったこと、感じたこと』を私の生き様と重ね合わせているのだと思うよ」。

Oさんは、寂しげに言った。

松井修三プロフィール
  • 松井 修三 プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
  • 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)