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松井修三のコラム「思ったこと、感じたこと」

工務店にしか造れない家

シンガポール建国の父と言われる元首相のリー・クアンユーさんは、東南アジア諸国にとって今世紀最大の発明はエアコンであると言われたそうだ。

わが国でも、いまやエアコンなしの暮らしは想像できないほどに普及している。

新築された小さめの建売住宅でも、家の周囲にはたいがい3台の屋外機が置かれているし、大手ハウスメーカーが建てた50坪ぐらいの広さの家では7台ぐらいあることもある。実は、グラスウール充填断熱材の時代に建てた45坪の自宅には8台あった。


高気密・高断熱の家づくりに取り組んでみると、冷暖房は1台のエアコンで出来るのではなかろうかと、先進の工務店主は挑戦したくなる。量産住宅の造り手は、クレームを恐れるから、各室に付けることを推奨する。

ルームエアコンの最大の問題は、吹き出される冷暖の風を不快に感じることだ。快適を求めて付けたのに、付けなかった部屋が一番快適に感じると言われたのでは、造り手は困惑してしまう。


私は、気流に過敏で、窓から入ってくる風を意識すると、子供の頃からもそうだったが昼寝ができなくなってしまうのだ。

臭いにも音にも敏感、暑さ・寒さ・湿気に弱く、いわゆる「腺病質」の典型である。エアコンの風は大の苦手で、レストランに入ると風に当たらない場所を見つけるのに苦労する。エアコンの風を和らげるアタッチメントはいろいろ売られているが、 自宅ではどれを試しても快適さが得られなかった。

そこで私は、「冷暖房」ではなく、「涼温房」にする方法について考えたのであった。


「全館空調」にしたらどうだろうか。アメリカの住宅をはじめ全館空調の家を体感して歩いたのだが、どれも私の感受性に合うものが無かった。


そこでたどり着いたのが、「センターダクトエアコン」の発想であった。「なーんだ、こんなに簡単なものなのか」と思われるに違いないが、実際に体験してみると、その快適さに驚かれるだろう。ルームエアコンが必要なくなるのだ。

しかし、エアコンメーカーにすれば当惑を隠せない。このような家が人気を博すればルームエアコンの売り上げが減ってしまうだろうし、肩入れすると大得意先である大手ハウスメーカーの家づくりを批判することにもなりかねない。だから、積極的に関わろうとしない。


「センターダクトエアコン」が効果を発揮するか否かはダクティングに懸かっている。上質な住み心地は冷暖房の力だけでは得られない。第一種全熱交換型換気との組み合わせが条件になる。両者の関係は「換気が主、冷暖は従」である。

「換気が主」だから、ダクティングが絶対に必要なのだ。それは、原始的な空気運搬方法ではあるが、理論とともに施工力と実証が大事だ。これは一朝一夕にはマスターできない。ダクトは、住む人が普段は目にすることがない天井裏や壁の中、床下に施工されるのだから、工事に携わる職人の良心に大きく影響される。いかにして、無駄・無理・ムラなく必要な空気を通すか、いくら設計が三次元の図面を精妙に描いても現場の臨機応変の施工力が必要になる。

「思ったほど暖かくない、涼しくない。空気が気持ち良くない」という不満ほどストレスになるものはない。それらの不満に対処するのには、科学的な知識と風量測定の技術、改善方法についての経験がこれまた絶対に必要である。


だから、「涼温な家」は、大量生産販売にはまったく不向きである。「工務店だから造れる、正直な工務店にしか造れない」ものなのだ。

松井修三プロフィール
  • 松井 修三 プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
  • 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)