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松井修三のコラム「思ったこと、感じたこと」

魔法の手

夜7時少し前に、社長から「明日の上棟は予定どおり行います」と電話が入った。その直前のNHKテレビの予報では、明日は雪になるとのことだった。その時間に決意を伝えてきたということは、天気予報を見つつ決行するか延期にするか、さぞかし迷ったのだと想像できた。

しかし、雨でも危険率は高まるのに雪では絶対に止めるべきだ。ましてや130坪もの広さの家であり、レッカー車を2台使う予定が1台となったという事情もある。

私は、即座に延期した方がいいと言った。

約5分後に社長から再び電話があった。

「2日掛かりでやるので、延期すると年内はレッカーを取ることが不可能です。トビさん、棟梁をはじめ大工さんたちみんな意気軒昂ですし、雪の心配はなさそうです」とのこと。

そんなはずはない、いまNHKの天気予報で、雪が降る確率は極めて高いと言っているではないか。

「延期だ」、と言いかけて思い止まった。

「社長の判断に任せる」

そう言ってから、心中には後悔の念が湧き起った。

例え、年を越しても安全を最優先すべきだったとの思いに攻め続けられた。


1日目の作業は、無事に予定以上に進んだ。

2日目朝6時の空模様は、予想した以上に明るく大丈夫そうだったが、午前10時のE邸のお引き渡しに向かう頃には雨が降り始めた。寒さは厳しい。低気圧が北から南下しているという。上棟中の現場は南に40キロほどの距離なので1時間後には降り始めるに違いない。午前11時頃では中止することは難しいだろう。私は、現場で陣頭指揮をしている社長の心中を察し、気持ちが重くなった。


お引き渡しが終わって、ご主人が言われた。

「工事をしてくださった大工さん、職人さんもそうでしたが、マツミハウジングのみなさんの人間力のすばらしさに終始感動させられました」

私の気持ちはそのお言葉で一瞬にして晴れ晴れとした。

「そうだ。これは人間力の勝負だ。彼らは、必ず無事に上棟をやり遂げてくれるに違いない」。


この日も期待に反して天候は不順であり、天気予報では、雷、突風の恐れがあるとのことだった。気をもみながら報告を待った。

18時近くになって社長から電話が入った。

「先ほど無事、棟が上がりました」と。

「えっ、棟が上がった?」私は驚きの声を発した。二日を掛けて明日上げる予定だったはずではなかったか。

「ええ、みんなよく頑張ってくれました」。

社長は、淡々として報告した。


そして翌日、上棟式が行われた。すでに、屋根の下地板が張られ、断熱材も張り終わっていた。

Eさんご一家は、隣接する自宅から作業を見守られていたそうだ。

ご夫妻が挨拶された。

「昨日は途中で雹が降り、天候がどうなるのかとても心配でしたが、工務店の底力を目の当たりにして、感動させられました。お一人、お一人が自分の役割を熟知していて、少しの無駄もなく、みなさんが魔法の手を持っているかのように本当に見事な働きをしてくだりました。完成が楽しみです」。

「私は社長さんの陣頭指揮を見ていて、見事だなーと感心させられたのです。絶対に安全に上棟するのだという気迫がひしひしと伝わってきて、実に頼もしかったです。会長さん、この社長さんなら安心して仕事を任せられますね」と。


帰り際に私は社長の前で棟梁と握手して言った。

「本当によくやってくれた。これが魔法の手だね」と。

すると、傍らにいた弟子たちをはじめみんなから大きな拍手が起きた。

松井修三プロフィール
  • 松井 修三 プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
  • 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)